May 16, 2009
30周年
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スタジオエイトは、東映系の老舗外注スタジオ大手だった朝日フィルムを、そのスタッフ8人が改組して設立されました。仕上部、撮影部、演出・作画部の独立で空いた席を多数の新人アニメーター達で埋めた作画プロダクションです。東映作品がメインでしたが、サンライズやマッドハウスの動画も請けていました。
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当時のアニメ業界へのルートは、東京デザイナー学院アニメーション学科卒が普通でしたので、紹介とは言っても高卒の未経験者は異例でした。もちろん、高校の時は東デのアニメ学科へ進むことも考え、名古屋校に相談にも行きましたが、「アニメは食えないから」とグラフィックデザイン科を勧められる始末でした。エイトを紹介してくれた東映動画出身の作監にも「専門学校行かずに業界入った方がいい」と言われたのです。
エリック王国に入門できたものの、見習いということで、与えられたのは動画机ではなく、セル用絵の具で汚れた仕上げ用の机でした。鉛筆削り器もボロボロで、椅子も折りたたみのパイプ椅子でした。隣の席にいるはずの先輩はGWに帰省してまだ戻ってないとのことでした。その先輩が描いたと思われる、ラッシャー木村対上田馬之助の絵が貼ってありました。
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研修用課題は「グランプリの鷹」の原画コピーにタップ穴を貼ったもので、すず子の振り向き、鷹也の振り返り、鷹也の走り(奥に走って方向転換して手前に走ってくる)の3つです。1つの課題ごとに原画を清書して、中割りを描き、エリック師匠のチェックを受けます。OKをもらうまで、何度もリテークをもらいました。特に振り向きの中割りの正面顔が難関でした。OKをもらうと次の課題に進み、3つの課題すべてをクリアしなければいけません。就業時間は10時から18時まででしたが、クビになりたくないので夜遅くまでがんばってました。
5月末日、師匠にやっと課題のOKをもらい、「やってごらん」と1カット渡されました。「キャプテン・フューチャー」のカットでアメーバの止めでした。動きもなく、ただ清書するだけですが、1日かけて慎重に仕上げました。それが初仕事でした。5月分の請求金額は110円でした。社員ではないですが、給料は最低3万円が保証されていたので、動画1枚でも3万円もらえました。次の目標は月300枚です。
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